タイの法律を日本語・英語で調査できるか

代表弁護士 金﨑 浩之

1 言葉の壁

 弁護士に頼らずにタイの法律関係を調査する場合、やはり大きな障害になるが言葉の壁です。


当たり前ですが、タイの法律関係を調査する場合、大きく分けて、


(1)タイ語の文献を調査Pンgする。
(2)日本語の文献を調査する。
(3)英語の文献を調査する。


という方法があると思います。

 まず、当然ながら、最も充実している調査方法は、タイ語の文献を調査することです。

専門家の解説書や判例は、原則としてタイ語で書かれているからです。

 これは日本の場合を考えてみればよくわかります。

判例時報も判例タイムスも全て日本語です。英語に翻訳されていません。

また、法律学者が執筆した専門書は、一部外国語に翻訳されたものがありますが、

ほんの一部です。

裁判官や弁護士などの実務家の執筆にかかるものも同様です。

そのほとんどが、外国語で翻訳されておりません。タイもこれと同じ状況だということです。

 しかしながら、タイ語でタイの法律文献を調査できる日本人はほとんどいないと思います。

私が2年間タイのバンコクに滞在していた当時、多くの日本人ビジネスマン、

公認会計士、会社経営者と知り合いましたが、私の知る限りでは、タイ文字を読める人

は皆無でした。

タイ語を流暢に話せる人はかなりいたのですが、文字を読めないんです。

識字率0%ですね(笑)。

タイで20年間も事業をやってきた経営者クラスの人でも読めませんから、

タイ文字の理解力については絶望的です。

 そうすると、残された方法は、日本語か英語です。

では、日本語や英語で執筆されたタイの法律文献でどこまで調査が可能なのでしょうか。

 

2 日本語による調査

 最近は英語ができる人も増えてきましたが、私たちは日本人ですから、

何と言っても、日本語で調査ができると有り難いですね。


では、日本語で書かれているタイの法律文献の現状はどうでしょうか。

 まず、網羅している範囲で充実しているのは、ハロー・タイランドが出している

シリーズです。

会社法、移民法、労働保護法、破産法、民事訴訟法など、かなりの分野を網羅して

います。


そして、そのほとんどが、タイに長く滞在している津野正朗(通称、Dr.ヘンチア津野)と

いう日本人が執筆したものです。

このシリーズの限界は、執筆している対象分野は広いのですが、内容的には、

法律の専門家が読むには質に問題があります。

まず、判例に関する分析が全くありません。実務の運用がよくわかりません。

その多くは、単にタイの法律の条文を日本語に翻訳したレベルにとどまります。

さらに、法律を体系的に整理しているものではないので、読みにくいです。

正直に言って、「何もないよりはマシ」というレベルです。


ちなみに、執筆者の津野さんという人は、日本の弁護士ではありません。

もとより、タイの弁護士資格も有しておりません(タイの司法試験には、国籍要件が

あって、外国人は弁護士になれません)。

法律の専門家と評価できるような資格を保有していないようです。

 実は、判例について解説してある日本語の文献が1つだけあります。

それは、小林株式会社が発行している「タイ日系企業の労働裁判判例集」という本です。

私も買いました。


この本の興味深いところは、労働事件に関する判例のうち、日系企業が紛争に

巻き込まれたケースを扱っている点です。

また、著者は、1989年からチュラロンコーン大学法学部で講師をしていたタイ人

ですので、一応専門家の執筆にかかる文献ですから、信頼できます。

しかし、この本にも大きな限界があります。まず分量があまりにも少なすぎます。

全体で90頁しかありません(うち、用語集10頁が含まれています)。

したがって、労働法判例の文献としては、やっぱりお粗末と言わざるを得ません。

 最後に、ハロータイランドのシリーズにしても労働判例集にしても、共通する問題点があります。それは、ほとんど改訂版が出ていない点です。つまり、情報がとても古いんです。例えば、ハロータイランドの「実例公開!会社(現地法人)の設立」は、1998年5月発効です。「労働保護法」は、1999年1月発効です。「労働保護法&関連法令等」という本は、1999年3月発効です。おもしろいのは、1997年から1999年に発効されているものがほとんどで、2000年以降改訂されていないんですね。
小林株式会社の「労働裁判判例集」はもっと古く、1991年12月の発効です。これも、その後改訂版が全く出ていません。したがって、20年くらい前の判例しか紹介されていないことになります。

3 英語による調査

 英語で書かれたタイの法律文献には一定の傾向があります。

それは、個別の分野の法律に関して解説したものではなく、ビジネス法、

すなわち、ビジネスに関連する法律を網羅的に解説したものがほとんどです

(ビジネス法という「名前の法律はありません)。

 例えば、
・「A Primer of Thai Business Law」 David Tan
・「To The Point:Clear Commentary on Thai Legal Issues」 BAKER & McKENZIE
・「Thailand Business Legal Handbook」 ILCT
・「Doyl´s Practical Guide to Thailand Business Law」 Michael Doyle
・「Doyl´s Practical Guide to Thailand Intellectual  Property Law」Michael Doyle

 この中で一番充実しているのは、上から三番目の「Thailand Business Legal 

Handbook」だと思います。

分量的にも網羅的にも一番よいと思います。

この本の著者であるILCTというのは、タイでも有名な法律事務所です。

もっとも、この本も2000年に発行されたのが最後で、その後改訂版が出たという話を

聴きません。


そろそろ、改訂版を出してほしいですよね。地元の法律事務所なんですから。

 読みやすさという点では、Michael Doyleさんが書いた2冊の本です。

コンパクトにまとまっている上に、ビジネス法に関するものと知的財産権に関する

ものに分かれてします。


また、ビジネス法のほうは、2006年に第2版が出版されています。

全体で235頁で内容的にも分量的にも、「法律の素人」が読んでも理解できると

思います。

但し、英語ができればの話ですが。


ちなみに、この著者はアメリカの弁護士でタイ人弁護士と一緒にバンコクで

法律事務所を経営しています。これはバンコク滞在中に、バンコクで仕事をしている

アメリカ人から聞いたのですが、奥様はタイ人だそうです。

 英語で書かれている文献は、「ビジネス法」というコンセプトでコンパクトに

まとまっているものが多く、お薦めではありますが、やはり判例に言及しているものは


皆無でした。

基本的に素人を読者対象に想定している文献だと思います。

コメント;英語を共通語として、意思の疎通は、難しい。

     タイ人、日本人とも外国語だからです。

     タイ語のわかる日本人にかないません。

出典:弁護士ブログ https://avance-media.com/kigyo/51299993

                  2009年8月14日