西野順治郎氏が翻訳した「メナムの残照」(随筆)

始めに
西野さんは、旧学制で専門学校の貿易学科で学び、来タイ後タイ語学習の末にタマサート大学法学部を卒業、
戦前では政府間交渉の通訳などもされているので、タイ語がとても堪能です。
そんな西野さんは、タイで超有名な小説を翻訳しています。本のタイトルは、「メナムの残照」。
一時は大量に販売され、入手困難となるほどでした。
移動中に携帯できるようにと手持サイズにする工夫もあったのだとか。小生は生前西野さんから1冊いただいています。
「クーカム」のあらすじ
メナムの残照は、タイ語のタイトルでは「クーカム」。ざっくり説明しますと、小説の舞台は第2次世界大戦中、
タイに派遣された日本兵の小堀とタイ人女性のアンスマリン(ひでこと呼ばれる)が主人公とヒロインとなっています。

二人は恋に落ちるも、政略結婚とひでこの彼氏が出現して三角関係を繰り広げ、自分の本当の気持ちに気づいたひでこは、
彼氏に別れを告げ、完全に元カレから解放されて小堀だけを愛そうとした時に空襲で死別するという悲劇のストーリーです。

ウィモン女史へのインタビュー
この本を書かれたのは、ウィモン女史(ペンネーム:ト
ムヤンティ)。彼女はこのクーカム以外にも様々な小説
を書いたタイの著名作家。
西野さんが翻訳されていますので、その経緯について話が聞ければとお願いして、
「西野さんが大好きだから」とのことで、貴重なお時間をいただきインタビューが実現しました。

そのインタビューで話されていたこと、そして小生が生前西野さんから聞いた話を基に、西野さんのことについても触れながら、
この小説の内容、そして同女史の思いを書き綴っていきたいと思います。

二人の出会い交流
この本を西野さんが具体的にいつ翻訳したか、この答えについては今のところ定かでないです。
翻訳することになった経緯は、当時西野さんの秘書が大変クーカムの作品が大好きで、ウィモン女史に連絡したことが

きっかけだったそうです。
(以下、女史と略称します。) 
最初西野さんが女史のバンコクの邸宅を訪問し、その後西野さんは車を出して女史を自宅に招いたりして親交を深めたとのこと。
当時は日本のお菓子がとても珍しいこともあり、西野さんはお茶が大好きな女史に必ず日本のお菓子を手土産として持って行かれました。
日本出張から戻られた際に、自分の時間がなければ人を使ってお菓子を送ったりしていて、女史はその気遣いに心を打たれたそうです。
また、本が売れた際には、「たくさん売れた」と代金を渡してくれたとのこと。
それでとても正直で誠実な人だ、と思ったそうです。

日本語訳の完了まで
タイ語小説の出版から日本語訳が完了するまで何年も時間が経過したのは、西野さんが仕事の合間を見て、
自身でタイ語版小説を読み、わからないところがあれば女史や秘書から説明を受けたからです。

丁寧にきれいな表現で翻訳され、ようやく「メナムの残照」の翻訳本が完成しました。 

クーカムの人気
小説の話になりますが、タイで何度もドラマ化や映画化されてきた作品です。

小さい子供を除いて、この作品を知らないタイ人はいないといっても過言ではありません。
また、日本人の間でも、自己紹介する際に、「小堀です。私のアンスマリンを探しています」なんてジョークをかますのが
鉄板ギャグだったのだとか。

人間の心に迫る内容
この小説が、こんなにもたくさんの人に愛されたのは、
実体験を組み込み、純愛を追いかけつつも、最後は悲劇で終わり、それが人の心の中に深く刻まれたからかもしれません。

例えば、日本兵にマンゴスチンを、皮ごと食べさせるシーンも小説に含まれているのですが、これは実話とのこと。

作品のモチーフ
また、幼いころ見た昔の日本の侍映画で、特に「子連れ狼」の侍が自分の身ではなく子供を守る姿と、侍魂の誠実、
忠実なところが好きだという。

また、電車で乗り合わせた日本兵が、自身の娘を思い出してか、座る席がなかった自分を膝にのっけてくれたことがあったとのこと。
そして日本兵は町を出歩くことはあっても、バンコクで空襲があったのですが、それも日本兵ではなく連合軍によるもので、
それで全く危害を加えられたと感じなかったとのこと。

これらの体験が、小堀という主人公を本当に実在するかのように書き上げられた要因かもしれん。

作品の余波
そのリアルさといえば小堀が隠した金を掘り当てようとしたり、小堀が死んだバンコックノイで、駅を取り壊して慰霊碑を建てる
話も上がったりしました。

小堀にあこがれたタイ人女性が、日本人男性と結婚したがったり、チェンマイには「こぼり」という屋号が10件以上あるのだとか。
また、タイでの日本兵の行いが本当に良かったので、「今でもタイ人は日本人が好きなんだ」とおっしゃっていました。
例えば、中村明人タイ駐留司令官は敬虔な仏教徒でしたので、タイに赴任すると早々にワットプラオ王宮へ参拝しています。
このことは、タイ人に好感をもたれる行為でした。

以上の事が合わさって小説に反映され、小説を読んだタイ人が日本人に好意を持つようになった理由の一つになったのでしょう。

日本人の自縛とそこからの解放
西野さんや小説の話からそれますが、女史は戦時中の英雄、日本兵、戦争について話をすると
「日本人は黙り込んでしまうのが残念で、むろん戦争は良くないが、その中でも侍精神、武士道の精神を持った軍師がたくさんいたはずで、
彼らからもっと学び、特に忠実、誠実、正義、これをもっともっと子供たちに教えたほうが良い」と言っていました。

また、「近日日本で水害がありましたが、戦争で負けたが経済大国となった日本なので、今回の水害が悪い物を洗い流したかの如く、
また再復興することを願う」と力強く語ってくれました。 
()  2020.07.21記